長浜の市街地から湖岸道路を北へ20分ほど。葛籠尾崎や竹生島が望める場所に位置する長浜市高月町片山。春の夜明け空、秋の夕暮れ色に染まる琵琶湖。四季の移ろいを感じることができる場所です。
この地に宝塚市から移住、「十割蕎麦&CAFE 伊と咲の(いとえの)」をオープンした松井伊佐雄さん、咲子さんご夫婦をご紹介します。
移住前は宝塚市に住み、製薬会社の営業職と看護師をしていました。製薬会社は転勤が多くて単身赴任は当たり前。週末に単身赴任先から車を飛ばして宝塚へ帰る。そんな生活でした。
移住について本格的に考えはじめたのは、子供たちが巣立ち、50代半ばに差しかかったころ。もともと夫婦揃って、人をもてなすことが大好き。友人を家に招いてはよく料理を振るまっていました。だから自然と、移住し、そこでお店を始めることをイメージするように。
九州、中国、四国と、移住候補先を探しはじめたものの、なかなかコレといった物件は見つからずにいました。そんなとき、友人がビワイチで滋賀に行くと聞いたことをきっかけに、滋賀を候補地のひとつとして、物件を探すことに。
そして、滋賀で最初に紹介してもらったのがこの古民家。目の前に広がる琵琶湖の向こうには葛籠尾崎に竹生島。振り返えると、なだらかな稜線を描く山本山。見た瞬間、「ここだ!」と思いました。
決め手になったのは、景色や環境が良いことはもちろん、長浜に住む人が自分たちの地域を大切にしていると感じたから。
木之本インターチェンジからこの場所に来る途中に通った道は、きちんと除草がなされていて、地域の人の想いが伝わってくるようでした。
それともう一つ、大きく心が動いたきっかけがあります。それはオオワシの存在。オオワシはオホーツク海沿岸に生息し、北海道で越冬する。でも、毎年1羽で湖北にやって来て越冬するオオワシがいると知りました。
それは、この物件の紹介を受ける前に一度、この場所に来た時のこと。湖岸に大きなカメラを山本山の方向に構えている人たちが。何を撮影しているのかと尋ねてみたら、「オオワシがいるんだよ」と。
カメラ越しに見たオオワシの悠然とした姿に、たった1羽で湖北にやって来るオオワシの軌跡を想像せずにはいられなかった。
その存在は、この場所をもっと知りたいと思うきっかけになり、長浜への移住につながりました。
2020年3月、古民家を購入。リノベーションが始まりました。
まず取り掛かったのは庭の整地。草を抜いて、古株の根や石を取り除き、新しく土を入れる。宝塚から長浜まで通いながら、夫婦二人で少しずつ。
根気のいる作業でしたが、雑草や土を取り除いたら、石の小道が出てきたり、池が見つかったり。まるで宝探しのような面白い作業でもありました。
庭を整地した後に古民家のリノベーションがスタート。しかし、お願いしていた職人さんが築60年の古民家のリノベーションに自信を無くしてしまい、新しく職人さんを探さなくていけないことに。
それから、縁あって地元の職人さんと知り合い、リスタート。さすがは地元の職人。難しい古民家の扱いも何のその。腕の良い職人さんたちと一緒に作業に取り組みました。
この古民家はべんがら塗りの柱が印象的です。べんがらは土から取れる酸化鉄。べんがら塗りには防虫や防腐の役割があり、湖北地方の古民家によく見られる特徴のひとつ。
このべんがら塗りの柱を生かしたいと、古さと新しさが融合した大正ロマン風にリノベーションすることにしました。
天井を抜いて客間は開放的に、古い梁は黒く塗り、厨房やトイレなどの水回りを改修。玄関を入ってすぐの引き戸は、もともと使われていた戸襖の一部やすりガラスを活用して作りました。
このすりガラスは、今はもう作られていないもの。古いモノを生かしながら新しいモノを作っていく。リノベーションの醍醐味です。
リノベーションがある程度進んだ2020年8月に長浜へ移住。それから12月に「十割蕎麦&CAFE 伊と咲の」をオープンしました。
お店のテーマは「非日常の提供」と「健康」。体に良いものを提供したいと、十割蕎麦をメインにケーキやコーヒーも楽しんでもらえるお店です。
そして、窓越しに眺める琵琶湖は、まるで絵画のよう。四季折々の美しい琵琶湖を眺めることができます。
お店を開ける日は、朝6時に起床し、7時には仕込みを始めます。蕎麦打ちに、天ぷらや副菜の下ごしらえ。7時から始めても11時のオープンぎりぎりまでかかってしまいます。
十割蕎麦は、つなぎを使わないので、打ち方にコツが必要です。何より水分の加減が難しい。湿度を測って水分量を調整。蕎麦粉の機嫌を伺いながらそばを打っています。
東京の蕎麦屋で修行していたとき、師匠から、蕎麦は「挽きたて、打ちたて、ゆでたて」の三たてが美味しい条件と教えられました。
製粉した蕎麦粉を仕入れているので、「挽きたて」は難しいけれど、「打ちたて」と「ゆでたて」の教えは守り、より美味しい状態で蕎麦を提供できるようにしています。
蕎麦に添える天ぷらや副菜には地元の食材を。
野菜は、無農薬や減農薬のものを地元の農家さんに届けてもらい、琵琶湖の手長エビは漁師さんから譲ってもらいます。
より安心な食材を提供できるようにオゾンナノバブル水で野菜を洗う工夫も。日替わりで6種類ほどの作る副菜は、彩り豊かで栄養もたっぷり。
メニューの名前にもひと工夫。お客様に、この地域、「片山」を知ってほしくて、ぶっかけおろし蕎麦は「片山風流」、シフォンケーキは「片山しふぉんけーき」と名付けました。そうすると、自然とお客様との会話も弾み、片山地区のことを知ってもらう機会にもなります。
メニュー表は手書きで。絵も添えてわかりやすく。ササっと書いたものですが、お客様に喜んでいいただけるので、いつも楽しく作っています。
朝7時から仕込み、後片付けが終わるころには夜7時に。思っていた以上に忙しい。バタバタと過ぎていく時間。忙しい時間帯は、二人では手が回らず、お客様をお待たせすることも。
でも、お客様は「夫婦二人が作り出す、このお店の雰囲気が好き。だから、人は増やさず、二人のペースでいいよ」と。その声に甘えさせてもらっています。
お店をオープンした12月はコロナ禍の真っ只中。こんな時期にお店をオープンすることに少し迷いもありました。しかし、そんな心配をよそに、オープン以来、長浜や米原といった地元だけでなく、県外からもお客様が。
リピーターの方も多く、特に宣伝はしていませんが、クチコミでお客様がお越しになります。お客様のSNSはもちろん、お客様にお渡しする手書きの店のポストカードをお客様が友達に渡してくれて、今度はその友達がお越しなるというふうに、人と人のつながりに支えられています。
ここに住み始めて、ますます長浜が好きになっています。「この店は片山のオアシス」と言ってくれる住職さん。迷ったお客様をお店まで案内してくれるご近所さん。皆、移住してきた私たちを疎むことなく、優しく受け入れてくれました。
現在、片山地区には22世帯が暮らしていますが、大多数が高齢者。できれば、この店を地域の方に気軽に集まってもらえるようなコミュニティスペースにしていきたいと思っています。
地域のみなさんが交流できる場所づくりは、他所からやってきた私たちだからこその視点が生かせるのではないか、そして、地域のみなさんと一緒に楽しみたいという想いから。店前に待合スペースを作ったのはその第一歩。わいわいと取り留めのない話をしながら、笑い合う時間を楽しんでいます。
この地域には、広がる田畑や山並そして琵琶湖と、これからもずっと残していきたい豊かな自然があります。この地にオオワシがやってくるのも、この地域の環境を守ってきた地元のみなさんのおかげです。
しかし、ゴミ拾いや除草作業をしていると、この地の課題に気づくことも。この豊かな自然を地域のみなさんと共に守っていきたい。
そのためにも、この店を訪れてくれる人たちにこの地域のことを知ってもらい、今この環境がここにあることの素晴らしさに気づいてもらえれば嬉しいです。
片山の豊かな自然と、ここに住む人たちと、共に暮らしていく。これからもずっと。そのためにできることから始めていきます。
社名 / 屋号 | 十割蕎麦&CAFE 伊と咲の(いとえの) |
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住所 | 滋賀県長浜市高月町片山27 |
連絡先 | TEL:0749-59-3206 |
営業時間 | 【蕎麦】11:00~15:00 【喫茶】15:00~17:00 |
定休日 | 火曜日、水曜日、第4月曜日 金曜日の喫茶 |
一般社団法人
バイオビジネス創出研究会
〒526-0829
滋賀県長浜市田村町1281-8
長浜バイオインキュベーションセンター内
TEL:0749-65-8808
定休日:土日・祝日お休み
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